蒙啓いたろうや

2021-05-31

よく分からなさを描いた作品が好きだ。 例をあげれば、ころんば氏の音楽作品、もう少しレンジを広げれば、酉島伝法氏の「皆勤の徒」などが好きだ。 しかし、そのような作品には補助線が引かれていることがある。時としてそれはメタファーという形で表されるのだが、私はそれが、嫌いだったりする。(だったりするというのは婉曲表現で、ここはそのまま嫌いと読み下していい) 皆勤の徒という作品を先ほど挙げた。 この作品で描かれているのは、全くの異形の地と化した未来の地球で遺伝子ごと支配され異星人の奴隷労働に従事する人間の姿である。 その破滅的な風景の意味と理由には一応作品内で説明は付いているが、ワケはどこまでもよく分からなく、それが楽しい。 しかし、タイトルにもある通り、この作品には、「無意味な労働の輪廻に落ちたサラリーマン」のメタファーとしての読み方が提示されている。 私はそう読みたくはない。 ともかく、物語のメタファー力があまりにも高いと作品の読みを作者に予め規定されているようで嫌だと感じる。 メタファーにはそんな、遡及的に意味性を付与し続けるイヤ〜な性質があると思う。 無意味なもの、分からないものは分からないなりにほっぽいて読者の手の中に残しておいてほしい ナンセンスをナンセンスのまま飲み込んで咀嚼していくことが、なにかの救いになるかもしれないから…